共通前提は内容から形式に変化した

「そうすると、ネットである種のコミュニケーション履歴を積んで、30秒拍手でも何でもいいんだけれども、分かる人にだけ分かっている。
俺たちだけが分かっていることを何度かやる。

共同体っていうのは外に対する内側の前提ということにすれば、何であっても前提は共有されるから、それで祭りができるわけ。
つまり共通前提を内容から形式に変動する必要があった。

その形式的な共通前提をどう構築するかというところでのノウハウを蓄積した連中が次のイベントのリーダー格の連中である。
この連中がもし政治的な目的を持って、周りの連中から気がつかないような共通前提を作ったりすると、これはこれで大問題で批判されるけれども」

一時期話題になったアイスバケツチャレンジってどうも広告代理店が絡んでそうで妙に胡散臭いと思っていた私は最近、某有名私立大学ヤリサーの実態 新歓コンパでハメられた高峰美春の場合のことを知って激しい衝撃を受けているのだ。